裸のお仕事とヌード考察
男の娘で美術ヌードモデルの春海です。
僕は、人前で全裸になる美術ヌードモデルを長
年やっています。
赤裸々な在りのままの姿を晒すこの職業は、誰
でも簡単に出来る仕事では、ありません。
でも、古来からヌードモデルという職業は、存
在していました。
今回は、過去の僕のスケジュールから、僕のヒ
ストリーと、ヌードモデルをした回数を割り出
しながら、裸のお仕事に関する話題に触れたい
と思います。
さて、僕は、何人の前で裸になったのでしょう
か。
ヌードが出て来るので、不快に思う方と18歳
未満の方は、ご遠慮ください。
様々な裸のお仕事

僕は、芸術で人間の裸体描写のために脱ぐ美術
ヌードモデルをしています。
着飾るものが何もないスッポンポンです。
人間の裸という最高の自然芸術作品を模写する
ためには、美術ヌードモデルは、欠かせない存
在です。
大勢の描き手に囲まれて裸体の隅々まで観察さ
れるので、羞恥心に耐え、動かずに長時間ポー
ズをとる技術が必要な意外と過酷な仕事です。
男性モデルなら性器も曝け出すので、芸術に身
を捧げるくらいの覚悟が必要な仕事です。
美術ヌードモデルの男女比は、正確な統計が無
いので推測なのですが、8割は、女性です。男
性モデルは、少ないです。
そして美術ヌードモデル人口は、何人居るのか
も推定ですが、ヌードデッサンを開催している
場所が、美大、芸大、専門学校やその他数百か
所あることから数百人は、居ると思われます。
正確な統計は、無いけど毎日どこかで誰かが脱
いでいるんですね。
脱ぐお仕事。美術ヌードモデル。
なんだか特殊で神秘的に思えますけど、脱ぐお
仕事は、それだけでは、ありません。
みなさんが大好きな?AVの世界です。
その裸っぷりは、見る者を惹き付けてやまない
官能的な姿です。
大事な部分にモザイクがかけられているけど、
大胆さやエロスは、羞恥心と引き換えにしては
可愛そうなほどの裸のお仕事です。
こちらは、5年ほどの統計があって、AVデビ
ューした女優さんや作品数がわかります。
2021年・1200人・30000作品
2022年・1000人・24000作品
2023年・・900人・26000作品
2024年・・800人・27000作品
2025年・・800人・26000作品
一作だけの出演なのか芸名を貰って本格的に活
動しているのかは、解りませんけど、まあ、そ
こそこデビューした女性が居ますね。
作品数に対して人数が少ないので、一人で何作
品にも出演しているということと、既にデビュ
ーされている女優さんもかかわっているのでし
ょう。
この統計は、その年にデビューしたAV女優の
人数なので、既にやっている女優さんが、10
年程度現役でやっているのかなと考えると、1
万人くらい居そうです。
AV男優を入れると、その人数は、仮に倍とし
て2万人くらい。凄いですね。
それにしても、こんなにAV作品が世に出回っ
ていて、AV女優さんも大勢居るのは、驚きで
す。それだけ需要があるという事でしょう。
そして、こちらも男性の何割かは、お世話にな
った事のある性風俗です。
こちらは、日本中に1万店舗ほどあるので、そ
こから導き出された風俗嬢の人数は、40万人
~45万人。
その市場規模は、2~5兆円!
かつて売春が合法だった時代に比べれば、少な
くなったとはいえ性風俗で働く女性は、案外多
いみたいです。
どうです?裸を売りにして働いている人が、こ
んなに居るとは、思いも寄らない事です。
その一人に僕が居る。
芸術のために脱いでいるけど、裸が本来持つエ
ロスは、嫌でも見えてしまうので、それに関し
ては、AVや性風俗と同じです。
そう考えると感慨深いものがあります。
僕と裸。中性的裸体の希少性

僕の作品の一枚です。
写実的で写真の様です。ここまでリアルに描き
こまれると脱いで良かったと思います。
股間を見なければ女の子と遜色有りません。
可愛い顔と綺麗なオッパイに、色白で小さな包
茎の男性器が不思議な雰囲気を醸し出します。
僕は、普段からメークして女装して、身体は、
女体化した中性的なヌードモデルです。
詳しくは、次の章で書きますけど、僕は、元々
女の子っぽい男子でした。
身体も女性的な感じで、大事な部分は、色白で
小さな先っちょの尖った包茎です。
僕は、ヌードデッサンを描いていたアトリエの
女性オーナーの推薦でヌードモデルになりまし
た。最初は、戸惑いましたよ~
でも、勇気を振り絞って脱ぐ決心をしました。
ヌードモデルを描いていた時に、モデルに感情
移入して(自分だったら脱げるかなぁ)と一人
赤面していたものです。
どちらかと言うと積極的に人前で裸を晒す気構
えの様なものは、ありませんでした。
でも、女性オーナーの気迫に負けたのか、ヌー
ドモデルをやってみたかったのか、僕は、脱ぐ
ことになりました。
イザ脱いでみると、男らしさのかけらもない女
性的な身体に色白の小さな包茎男性器が、ギリ
シャ神話のヘルマプロディートスみたいだと高
評価を頂きました。
そしてスタイルが良いと褒められました。
僕の身体に芸術的な価値があった。
コンプレックスだった女性的な容姿を受け入れ
てもらえて嬉しかったです。
それから僕は、女性ホルモン類似物質を含有す
るサプリを飲みながら胸を揉んだりして女体化
することにしました。
よりギリシャ彫刻に近い状態にするためにアン
ダーヘアーも処理してツルツルにしました。
元来女性ホルモンが優位だった僕は、徐々に女
性的に変化していきます。
そして、女体化の途中で、女友達にいじられて
メークしたら、あら可愛いじゃありませんか。
僕は、それに気を良くしてメークを学び女友達
の協力を得て女装する様になりました。
ジワジワと女体化する身体とメークした顔。
中性的な雰囲気は、止まることを知りません。
やがてAカップにまで胸が成長すると、身体の
脂肪の付き方や肌のコンディションも女性的に
なって中性的な身体は、評判を呼びました。
この頃になると、女装も板に付いて99%女装
で出歩くようになります。
そして月日は、流れてやがてオッパイは、Bカ
ップになりました。乳首や乳輪も女性並みの大
きさになりました。
もはや下半身を見なければ「男」とは、思えな
い佇まいです。
一見女性に見えて、でも股間には、可愛い色白
で包茎の男性器がある不思議な身体です。
そこには、男とか女とかの垣根は、無く神秘的
な美しさが漂っていました。
色っぽい女性ヌードモデルや、逞しい男性ヌー
ドモデルは、普通に居ますけど、身体や顔が女
性的な男性ヌードモデルは、僕くらいでは、な
いでしょうか。
とても希少価値のある中性的なヌードは、好評
で、ヌードデッサンに呼ばれる回数は、増えて
いく一方です。
僕のスケジュールは、2カ月ほど先まで予約で
いっぱいです。
希少性の高い中性的な身体は、描き手の注目を
集めるので、想像以上の熱量で観察されてしま
います。
それは、自らそうなるように女体化してメーク
をして女装ヌードを披露しているのですから、
熱い視線は、当然のことです。
最近では、羞恥心も薄れて、見られることに慣
れてきました。
恥かしさは、有るけど丹精込めて育てた女体化
した身体を魅せたい。そんな感じです。
ヌードヒストリー

僕は、元々オッパイがAAカップで乳首や乳輪
が普通の男性より大き目で、綺麗な色。
ウエストがくびれ身体のラインも女性的な感じ
でした。
上の写真の左がそうです。懐かしい女体化前の
身体です。アンダーヘアーが控えめで少なく、
タマタマの袋には、生えていませんでした。
肝心の男性器は、肌色で6センチ弱の先端の尖
った可愛い包茎です。
ここが僕の女体化のスタート地点です。
Aカップ、Bカップとオッパイが、大きくなり
乳首や乳輪も女性並みに成長していきます。
右の写真は、最近の物ですが、Bカップでも、
その最大値。Cカップ目前です。
こうして並べて見ると女体化の変化が手に取る
ように解ります。
体形は、基本的に変わりないのですが、ウエス
トが若干細くなり、逆にお尻がふっくらと丸み
を帯びてきました。
肌は、すべすべになり、もっちりした感触。
髪の毛は、サラサラな感じになり、薄く疎らな
処理済みの髭も生えてこなくなりました。
もっとも、髪は、オーダーメードのウイッグな
ので、自毛姿は、滅多に見られませんが、メー
クしているのでショートカットのボーイッシュ
な女の子みたいです。
メークも初期の頃は、ナチュラルメークでした
けど、メーク技術の向上と共に可愛らしさがア
ップしていきました。
では、僕の成長記録を書いていきましょう。
初ヌードモデルは、2018年7月7日。
その1か月後には、女体化を開始しています。
9月には、薄かった少ないアンダーヘアーを自
分で全て処理。ツルツルの股間になります。
この頃は、オッパイの変化もまだ緩慢で、乳首
が疼く感じで胸にハリがでてきました。
でも、着実に胸は、膨らみ続けます。
乳房の膨らみもさることながら、乳首や乳輪も
綺麗な色のまま大きくなっていきます。
このあたりは、女性の成長と同じで、先に乳首
が大きくなってオッパイが膨らむんですね。
同年12月。女友達にいじられてメーク。女に
目覚めた第一歩です。
2019年1月には、女友達の服を借りて女装
しました。下着は、自前で用意しました。
女装で街に出た第一歩です。
この頃のオッパイは、明らかに膨らみが増して
乳首や乳輪も結構大きくなりました。
2019年6月には、ついにオッパイがAカッ
プに到達しました。
オッパイの形は、自分でもいいなと思える感じ
で、まずまずの満足です。
2019年7月7日。合コンに女装で参加。
この時が、彼との初めての出会いです。
奇しくも初ヌードと同じ日です。なんだか運命
の様なものを感じます。
この時彼氏は、僕を「女」だと思っています。
そして7月27日。初デート。ここで、僕は、
男の娘だと正直に白状します。でも、彼は、そ
れでもいいから付き合いたいと、交際が始まり
ます。
彼も僕も、元々男性同性愛の志向は、ありませ
んでした。後で彼に聞いたら、可愛かったから
男の娘でも付き合ってみたい。という気分だっ
たそうです。
それから、2回目、3回目、4回目とデートを
重ねて、2019年10月14日に彼の希望で
僕のヌード撮影をしました。
デートの時に、僕の仕事を聞かれて正直に美術
ヌードモデルをしていると言ったら「見てみた
いなあ」と言われていて、それを実現してあげ
ました。
その後、2回ヌード撮影をして、4度目、彼の
家でヌード撮影をした時「一人エッチしている
姿を撮りたいな」と言われて希望通りに、して
いるフリでヌード撮影をしました。
フリといってもアレを大きくしての撮影です。
詳しくは、様々な愛のカタチ序章という記事に
書いているので割愛しますが、撮影の途中で彼
が興奮してきて僕のオッパイに触れ、そして僕
を射精させてしまいました。
僕は、お返しというか、何故か無性に彼のアレ
が欲しくなって気が付くと咥えていました。
これが同性との初セックス。2019年11月
20日のことです。
この時、初めて彼とキスをしました。同性との
キス。僕が、女体化してメークをしていて女性
の気持ちだったので違和感は、僅かでした。
そして、2020年3月から2023年5月ま
で、皆さんもご記憶のコロナ渦でヌードモデル
の仕事も出来なくなりました。
でも、この間にも女体化は、進み2022年に
は、遂にBカップに到達。
彼に吸われた乳首や乳輪は、綺麗な色のまま女
性並みに変化していました。
彼との関係も巣ごもりの影響かセックスが増え
て関係は、深まりました。
そしてコロナ渦明けの2023年6月。美術ヌ
ードモデルを再開して本格的にヌードモデルを
するようになります。
2024年3月には、このブログ、ピュピール
を立ち上げました。
同年7月には、憧れだったフランスのヌーディ
スト村に彼と行って、思う存分裸のバカンスを
楽しみました。
2024年12月。高校の同窓会にドレスで女
装して参加して、女装をカミングアウトしまし
た。同時にヌードモデルをしていることも公に
しました。
2025年に入ると、高校の同級生が、僕のブ
ログを見つけて同性愛もカミングアウト。
でも、同級生は、僕の女装の完成度から好意的
に受け入れてくれました。
と、足早に僕の女体化の歴史を書きました。
そして克明に残してあった美術ヌードモデルの
回数と参加者の人数が次の通りです。
2018年7月から2026年8月末までの美
術ヌードモデルのスケジュールをエクセルに落
とし込んで計算した結果は、ヌードモデルの回
数914回。延べ人数20069人でした。
なんと2万人以上に僕のヌードを披露したこと
になります。
ヌードデッサンの顔ぶれから約半数は、リピー
ターですけど、凄い人数の前で脱いできたこと
になります。
男女比は、記録に無かったのでわかりませんが
女性が多かった気がします。
美術ヌードモデルで脱いだ回数を数字で見ると
大勢の目に僕の裸が観察されたのが一目瞭然で
す。感動ものです。
ちょっとだけ裸の美術史
今では、いたるところでヌードデッサンが開催
され、ヌード作品も多く出回り、ネット上やA
Vやグラビア写真でヌードが当たり前に見られ
る環境です。
時代を遡り古代ギリシャやローマでも、ヌード
芸術は、盛んで裸に対して大らかでした。
その描写は、現代でも通じる写実的なヌード作
品です。明らかにヌードモデルを観察して作製
されたことが伺えます。
この当時は、人間の裸体は、美の象徴でした。
面白いのは、男性器は、小さく包茎なのが美し
いとされていたことです。
しかし西洋美術史を学ぶと、ローマ帝国の崩壊
した5世紀からルネッサンスの始まる15世紀
までの中世ヨーロッパでは、美術の暗黒時代が
1000年に渡り続きます。
これは、世界最大の宗教の影響も大きくて、禁
欲的で人間をリアルに、ましてやヌードなどと
んでもないと、禁じられた為です。
この時代の美術は、平面的で奥行きが無く、俗
にいう下手な描写が多かったです。
中世美術は、キリスト教中心で、偶像崇拝を禁
じられていたのでリアルな描写は、無く神秘性
を強調した作風になっています。
聖書では、アダムとイヴが、当初全裸だったと
いうのに、その表現も出来ませんでした。
悪い蛇にそそのかされて禁断の果実を食べた為
に自分たちが裸だと気が付いて羞恥心が芽生え
たそうです。そして、楽園を追放されます。
15世紀になってからリアルな描写が出来る様
になりましたけど、本来のアダムとイヴの世界
観が描写されたのは、1615年です。
それが下の絵画です。ヌード解禁は、もう少し
前ですけど、先にこの作品も紹介します。

平和そうなエデンの園が、緻密に描かれていま
す。以前行ったフランスのヌーディスト村を彷
彿とします。
イチジクの葉で股間を隠した作品が多い中で、
幸せに裸で暮らしていた描写は、僕が探した中
では、ピーテル・パウル・ルーベンスとヤン・
ブリューゲル・ザ・エルダーの共同作品くらい
です。
アダムとイヴの作品は、多いですけど、そのほ
とんどが股間を葉っぱで隠しています。
ヌードが解禁になっても、股間の処理(隠す)
のが主流で、それは、現代でも同じです。
美術界でヌードが解禁されたのは、1483年
サンドロ・ポッティチェッリのヴィーナス誕生
を待たなければいけませんでした。

実に1000年ぶりのヌード作品です。
すごく有名な絵画です。
その後ルネッサンス期になると懐古主義で古代
ギリシャやローマのヌード美術が多く復古して
裕福な貴族がパトロンになって、ヌード絵画や
彫刻が、多く製作されました。
中には、とても官能的な絵画もあり、依頼者の
趣味やヌードへの願望に溢れていました。
写真の無かった時代は、ヌード絵画や彫刻が、
芸術の名を借りて性欲を満たすアイテムとして
重宝されたんです。
現代でもそうですが、ヌード作品は、見たい人
が居るから描かれるものです。
女性の裸は、美しい。
それを見たいという欲求は、当然です。
人間の裸体は、そのままでも自然の優れた芸術
作品です。
当時の芸術家たちは、作品のモデルとなった人
の裸に様々な想いを寄せていたと思います。
裸を在りのままに見られることは、人の感性を
くすぐります。裸体にエロスを感じることも自
然で健全な感覚です。
それは、何故か。女性の身体は、男性の性的な
興奮を呼び起こし生殖に繋がるためにエッチな
姿になっているのです。
だから女性の裸を見てエッチな気分になること
は、ごく自然な成り行きです。
ヌードが復興したとはいえ、未だに性器は、隠
すのが主流です。
性器を見ることが出来るのは、芸術の建前で閉
ざされた限られた空間でやるヌードデッサンく
らいです。
僕は、そうした現場で、在りのままの姿を惜し
みなく披露しています。
古代ギリシャやローマのように、在りのままを
表現できる時代になってほしいものです。
美術ヌードモデルで良かったこと
ヌード芸術に欠かせない美術ヌードモデル。
元々、ヌードを描く側だった時、堂々とそして
凛とした佇まいのヌードモデルに畏敬の念と憧
れを持っていました。
美しい肉体。匂うほどのエロス。それを惜しみ
なく披露するモデルさんに感情移入して頬を赤
らめたものです。
それが、今では、僕がヌードモデルです。
しかも女体化した身体は、その珍しさと美しさ
から注目の的です。
美しい女性的な身体や可愛い顔だけでなく、自
分でも貧相で情けないと思っていた股間のアレ
さえ「可愛い」「綺麗」と褒められて、自分の容
姿に自信を持てる様になりました。
丹精込めて作り上げ維持している身体を隅々ま
で観察されるのは、ヌードモデルとして誇りに
思います。
人前で全裸という状況に羞恥心は、無いのかと
いうと皆無では、ありません。
やはり人間ですから、裸を晒す。性器を見られ
るというのは、恥ずかしいです。
でも、一旦ポーズをとってしまえば、動かない
事に集中するので、羞恥心も薄れます。
優雅に裸になっているように見えて、微動だに
しないのは、過酷です。身体は、痛いし、呼吸
も静かにするので息苦しい感じです。
性器もジックリ観察されているのに、ポーズを
とっていると羞恥心を感じる暇さえ無い!
でも身体中に降り注ぐ熱い視線は、感じます。
無心ながらも芸術に身を捧げている自分に自己
満足し、僕のヌードを観察して喜んでもらえる
ことに自分でも嬉しい感じがします。
密室の中での行為ですけど、人前で全裸になる
というのは、何とも言えない気持ちです。
それも、頭の天辺から足の指先まで、そして性
器までも執拗に観察されてです。
ここまで注目されるのは、美術ヌードモデルく
らいのものでは、ないでしょうか。
観察は、描くためには、必要なことですけど、
あまりに熱く見つめられるのは、くすぐったい
感じがします。
美しい裸体を観察して描く描き手の喜びに満ち
た視線の中で、身を捧げている荘厳な気分。
裸を見たい。描きたい。そんな人々の欲求を満
たすために脱いでいる。
漂うエロスの色香。肉体の躍動美。生命力。他
ではジックリと見られない性器の形。
ヌードデッサンは、究極の裸体鑑賞の場です。
そこに裸体を提供したという達成感。
美術ヌードモデルは、その主役。
全裸で長時間注目を浴びる高揚感は、美術ヌー
ドモデルでないと味わえないものです。
羞恥心を乗り越えて得られたもの。それは、圧
倒的なまでの解放感と在りのままの姿に注がれ
る熱い視線。そしてヌードモデルをやり遂げた
という自己承認欲求を満たされた感じ。
誰もが出来て、でも出来ない美術ヌードモデル
をやってみて、描き手が自分の裸体に感動して
見つめられる時、僕は、自分の自然美を見せら
れて、ああ脱いで良かったと思いました。
今では、経験を重ねて、脱ぐお仕事に誇りを持
ち少し楽し気持ちで、裸体を魅せられるように
なりました。
まとめ
人前でヌードになる。
それは、特別な体験です。在りのままに全てを
見つめられて異次元の世界に迷い込みます。
僕は、延べ2万人以上の目の前で、その裸体を
披露してきました。
後からその真実にたどり着いた時、そんなに大
勢の前で脱いできたのかとゾクッとしました。
裸を売りにする商売の一つ美術ヌードモデル。
長時間にわたり裸体の隅々までジックリ観察さ
れるのは、これに勝るものは、ありません。
人間ですから裸を観察されるのは、恥ずかしい
です。でも、それが何故か心地いい感じです。
芸術に身を捧げる荘厳さ、達成感は、得も言わ
れぬ高揚感に満たされて、脱いで良かったと思
います。
裸を見られて喜んでいる?いえ、喜んでもらえ
るのが嬉しいのです。それは、自己犠牲との引
き換えに与えられる究極の奉仕の喜びです。
裸の仕事をする人々は、サービス精神が旺盛で
す。AVでも風俗でも、それは、変わりありま
せん。誰かが脱がなければ成り立たない商売を
しているプライドがあります。
裸の仕事。それは、必要だから存在している。
実に有難い存在です。
