人前で脱ぐのが好き?ヌードモデルの本音
美術ヌードモデルで男の娘の春海です。
僕は、仕事で美術ヌードモデルとして人前で裸
になっています。
そして、自宅では、裸族です。
そう聞くと、裸になるのが好きなように思えま
すよね。
さて、その本音は、いかがなものか。詳しく書
いていきたいと思います。
ヌードが出て来るので、不快に思う方と18歳
未満の方は、ご遠慮ください。
人前で脱ぐお仕事
僕のデッサンで描かれている途中の様子です。
股間の書き込みは、まだなのでアタリをつけた
だけでボンヤリ。なので、まるで女性を描いて
いるみたいです。
美術ヌードモデル。
その響きに特別な感情を抱く人は、少なくない
と思います。
なんだかエッチな雰囲気を感じる人も居るかも
しれませんが、真面目なヌードです。
でも、全裸なのには、違いありません。
なにせ大勢の人前で全身、一糸まとわぬスッポ
ンポンになるのですから尋常なことでは、あり
ません。もちろん大事な部分も丸見えです。
美術ヌードモデルは、デッサンや絵画のモデル
として芸術には、欠かせない存在です。
他人の目の前で全裸を披露するのですから誰で
もが簡単に出来る事では、ありません。
よほど勇気や覚悟が必要なのかと思います。
確かに、初めて人前で裸になるのには、勇気が
必要でした。
僕の場合、アトリエのオーナーに勧められて、
ヌードモデルをすることになったのですが、ま
さか自分が美術ヌードモデルをするなんて想像
も出来ませんでした。
ヌードモデルを多く描いてきたので、人前で裸
になるというのが、どんなものかは、知ってい
ました。
在りのままの姿を隅々まで観察される。
それが、美術ヌードモデルです。
それを自分がやる。
最初は、とても迷いました。でも、多くのモデ
ルさんを見てきて感情移入して自分でもやって
みたいという気持ちが少しありました。
自分が、人前で全裸になる気分。恥ずかしさと
共に少しワクワクした感じがしました。
そしてヌードモデル当日。
僕は、控室で全裸になると、ガウン1枚だけ纏
ってドキドキしながら待機しました。
やがて時間が来て、僕は、会場に入ります。
大勢の視線が降り注ぐ中で、僕は、ガウンを脱
ぎ全裸になるとモデル台に上がりました。
恥ずかしい・・・すごく恥ずかしい。
羞恥心が込み上げてきます。
それでも健気にポーズをとります。
大勢の視線が僕の身体の隅々まで容赦なく撫で
まわします。くすぐったい感じです。
全身に纏わりつく空気が全裸だということを強
く認識出来ます。
動かない事に集中していると、不思議なことに
あれだけ込み上げていた強い羞恥心が薄れてい
きます。
描き手は、僕の赤裸々な姿をじっくりと観察し
ながら描いていきます。
恥ずかしいけど、自分が主役です。ちょっと誇
らしい感じもします。
これだけ自分に集中してもらえる仕事は、滅多
にありません。それも、ポーズを取る以外は、
究極の自然体です。
僕の在りのままの姿を観察されるというのは、
とても特別なことです。自分の全てを余すこと
なく魅せる。
美術ヌードモデルは、究極の自己表現の仕事だ
と思います。
他人に裸を見せるのが好きなの?
人前で全裸になり観察させる。
ちょっと考えるとエッチな感じがします。
しかし、人は、脱ぐとエロスが見えます。
だから、僕がヌードモデルをするということは
僕のエロスを見せている事になります。
でも、それが人間本来の真実の姿です。
それを知っていて人前で脱ぐ。
裸を見せるのが、よっぽど好きじゃないと出来
ないことだと思いますよね。
でも、美術ヌードモデルの多くは、普通の感覚
を持つ人たちですから、脱ぐのは、恥ずかしい
し、観察されるのは、緊張もします。
それでも脱ぎ続ける理由は、何でしょうか。
芸術の為に身を捧げている犠牲的精神と、自分
の在りのままの姿を観察され賞賛されることで
の自己承認欲求を満たされる感覚。
ちょっと堅苦しいけど、そんなとこでは、ない
でしょうか。
自分の裸を見せたいというモデルは少数派。
しかし、綺麗な内に自分の裸体を残しておきた
いという気持ちもあります。
僕も心の片隅には、今の綺麗な姿のうちに、作
品に残しておきたいという気持ちがあります。
でも、裸を見せたいという訳じゃありません。
紛らわしいけど、魅せたい。
自分の特殊な自然美を観察していただきたい。
そんな気持ちで脱いでいます。
これって、人前で脱ぐのが好きというのとは、
ちょっと違うんですよね。
先ほども申し上げた通り、芸術に身を捧げてい
る自分が、献身的で好きです。
ナルシストなんですかという質問もあるとは、
思いますが、それは、ありません。
人前で脱ぐんだから多少ヌードに自信があるの
かと言えば、そうではなく、より綺麗に魅せる
には、どうしたらいいかと、常に自己研鑽を重
ねています。
人は、個人差はありますけど、脱げば自然の芸
術作品です。なので、あとは、ポーズに心を込
めて自分の真剣さや芸術性を高めます。
すると、不思議なことに、ただの裸からオーラ
が滲み出てきます。
そういう見えない努力は、好きです。
そして、この脱ぐお仕事は、好きか嫌いかと言
われれば「好き」です。
でも、脱ぐのが好きというのじゃなくて、美術
ヌードモデルをするのが好きという意味です。
じゃあ、結局人前で脱ぐのが好きなんじゃん。
微妙なとこころです。
仕事が美術ヌードモデル=裸
だから脱ぐ。見られるのは、必然性。
美術ヌードモデルの微妙な心理でした。
裸の解放感は、好き
僕は、オウチでは、全裸生活を送っています。
つまりスッポンポン。裸族です。
外から帰ってくると、真っ先に服を脱ぎます。
そして、寝る時も全裸です。
裸になる解放感は、最高です。
裸族生活は、美術ヌードモデルを始めてからす
るようになりました。
ボディーケアやポーズの練習で姿見にヌードを
映しているうちに、面倒なのでオールヌードで
過ごすようになりました。
裸になると、その解放感に圧倒されます。
仕事も裸。私生活も裸。外出時以外は、服を身
に着けません。
不意な来客に備えて、サッと着られるブラトッ
プとミニスカートかホットパンツを用意してお
いて緊急時への備えも万全です。
下着や服の締め付けが無いので軽やかな快適性
が癖になります。
このブログを書いている時も当然裸です。
そして、彼の家でも、彼も僕の影響を受けて今
では、裸族仲間です。
ああ、初めて読む人のために書くと、僕には、
彼氏が居ます。つまりゲイですが、僕が女装を
しているので特殊な同性愛です。二人は、挿入
を伴わないバニラセックスで愛し合うソフトゲ
イです。
女装した僕に惚れたという特殊な事情がある二
人は、元々同性愛志向は、無く、成り行きで同
性愛になってしまったという不思議なカップル
です。
裸族なので、彼は、常に僕の裸を見られるので
大満足の様子です。
だから、自然な成り行きでセックスやスキンシ
ップに移行することが多いです。
そして、料理を作るときは、油跳ね防止のため
に裸にエプロンです。僕の身体は、大事な商売
道具ですから気を使います。
それが、また何とも言えないセクシーな感じ。
彼は、その姿に興奮を隠せません。
そんな具合で、全裸で過ごしている僕。
裸になるのは、大好きです。
隠せない羞恥心
美術ヌードモデルは、脱ぐのが宿命です。
人前で裸になる回数を重ねて、脱ぐのは、慣れ
たけど、未だに羞恥心は、あります。
モデル台に上がる直前。フワッとガウンを脱い
で軽くたたんで置き全裸になった瞬間の恥ずか
しさは、消えません。
僕は、元々、人前で目立つことをするタイプの
人間では、ないので、人前で超目立つヌードモ
デルをするなんて、信じられない気分です。
それも、目立つどころじゃなくて、全身隅々ま
でじっくりと観察されるのです。
男性なら、大事な性器もじっくり観察されてし
まいます。僕の場合は、色白で6センチ足らず
の可愛い包茎の性器がフルオープン。
恥ずかしくない人が居るでしょうか?
それでも、ポーズをとってしまえば、動かない
ことに集中できるので、羞恥心は、薄れていき
ます。
見る側も、モデルの羞恥心は、感じ取れます。
白い頬を薄ピンクに染め、ポーズにもどことな
く羞恥心が、滲み出ます。
その羞恥心が、モデルも人間なんだと感じさせ
人の尊厳を感じさせます。
仕事とはいえ、また脱ぐことを了解していると
はいえ、人前に赤裸々な姿を晒すというのは、
特別なことです。
まして男性モデルだと隠しておきたい性器も丸
見えです。女性モデルでも、アンダーヘアーが
薄い人やポーズによっては、性器が見えてしま
います。
男女共に、性器を見られるのは、究極の羞恥心
の発露です。
何気ない素振りをしてポーズをとっていても、
その羞恥心は、隠すことが出来ません。
しかし、その羞恥心がヌードに、そこはかとな
い色気を滲ませます。
堂々と裸になっているように見えて、やはり人
間ですから裸を観察されるのは、とても恥ずか
しいことです。
ヌードモデルは、そうした羞恥心を乗り越えて
描き手に、在りのままの姿を提供している自分
に犠牲的な崇高な感覚を感じています。
淡い羞恥心を纏ったヌードモデルの気持ちを汲
み取って、恥ずかしさに耐えてヌードを披露し
ている姿をよく観察してください。
僕は、時間をかけた固定ポーズの細密デッサン
が好きです。細部までリアルに描き上げた作品
を見ると、羞恥心に耐えてきたことを有意義に
感じます。
裸の美術ヌードモデルを目の前にした時、生き
た生々しい裸のモチーフの有難味が解るかと思
います。
まとめ
美術ヌードモデルは、裸になるのが好きで人前
で裸になっているのか?
答えは、美術ヌードモデルをするから裸になっ
ているです。
脱ぎたいが先じゃなく、仕事柄必然的に脱ぐと
いうのが、実態です。
でも、僕は、裸になるのは、好きです。
解放感があって気持ちいいです。
それと人前で見せるのは、別次元です。
美術ヌードモデルの仕事は、やりがいがあって
大好きです。でも、人前で脱ぎたいというわけ
では、ないんですよね。
裸になりたいのと見せたいは、大違いです。
彼に裸を見せるのは好き。美術ヌードモデルは
仕事で脱いでいる。仕事は嫌いじゃないです。
在りのままの自分を魅せるのには、満足してい
ます。そう、見せたいんじゃなくて魅せたい。
自分の魅力を描いて欲しい。そんな本音が見え
隠れする気がします。